
大いなる遺産
朗読で味わう

チャールズ・ディケンズ(1812 – 1870)
1861年
孤児ピップの成長と、富と愛、そして裏切りに翻弄される人生を描く物語。ディケンズが描くヴィクトリア朝の人間模様は、真の幸福とは何かを深く問いかけ、今なお読み継がれる不朽の名作です。
どこまでも広がる、荒涼とした沼沢地。冷たい風が吹きつける、日の暮れかけた空の下、湿地はただ黒く長い一本の線となり[7]、川もまた同じように横たわっています[7]。イラクサの生い茂る寂れた教会の墓地で[2]、ピップという名の少年が、まだ見ぬ両親の墓石の文字を指でなぞっていました。その静寂を、切り裂くような声が破ります。「やかましいぞ!」[3]。墓の中から、一人の男がむくりと起き上がったのです。粗末な灰色の服に、足には重い鉄の枷。帽子も靴もなく、頭にはボロ布を巻きつけた、恐ろしい姿でした[4]。男は小さなピップをひっつかむと、「明日の朝早く、ヤスリと食い物を持ってこい」と命じます[5]。そして、血走った目でこう囁くのです。「俺は一人じゃない[6]。ここに隠れている若い男は、天使の俺とは比べものにならんほどの悪魔だ[6]。もしお前がしくじれば、その心臓と肝臓をえぐり出してしまうだろう」[6]。男が、怒れる空を背に、遠くの絞首台へ向かって去っていく。その姿を見つめるピップの胸には、すべてを飲み込むような深い恐怖だけが、残されていました。