
イーリアス
朗読で味わう

ホメロス(紀元前800頃 – 紀元前700頃)
紀元前750年頃
イーリアスは、トロイア戦争を舞台にアキレウスの怒りを描いた壮大な叙事詩です。英雄たちの葛藤と運命、神々の介入が織りなす物語は、今もなお人々を魅了し続けています。
トロイア戦争が十年目に入った、ある日のこと。ギリシャ軍の陣営に、見えざる死の影が忍び寄ります。兵士も獣も、次々と原因不明の熱に倒れてゆくのです。恐れおののく兵たちの前で、一人の預言者が告げました。この災いは、総大将アガメムノンの傲慢が招いた、神の怒りである、と。アポロンの神官の娘を戦利品とし、返還を拒んだ罪でした。
アガメムノンは、首筋に怒りの血管を浮き上がらせながら、しぶしぶ娘を返すことを承知します。しかしその代償に、ギリシャ軍最強の戦士アキレウスから、彼の捕虜である女性ブリセイスを奪うと宣言しました。皆の目の前で受けた、耐え難い侮辱。アキレウスの心臓は激しく脈打ち、その瞳に炎が宿ります。腰の剣に手が伸び、傲慢な王を、今この場で斬り捨てようとした、その刹那[52]。
他の誰の目にも見えぬまま、天から女神ミネルヴァが舞い降り、アキレウスの黄金の髪を強く掴んで引き留めます。「その怒りを鎮めなさい」と、神の威厳が、今にも爆発しそうな人の激情を制するのです[53]。
アキレウスは剣を収め、代わりに、大地から引き抜かれ二度と葉も花もつけることのない王笏を手に、恐ろしい誓いを立てました[55]。「我はもはや戦わぬ」。この侮辱の報いを受け、ギリシャ軍がどれほど血を流そうと、助けを乞われても決して戻らない、と[55]。そして王に言い放ちます。「臆病者め!顔つきは犬だが、心臓は鹿ではないか!」[54]。
こうして、ギリシャ軍に数えきれぬほどの悲劇をもたらす、アキレウスの怒りが始まったのです[42]。