
白牙
朗読で味わう

ジャック・ロンドン(1876 – 1916)
1906年
白牙は、極寒のユーコンを舞台に、オオカミ犬が野生から人との絆を求める壮大な旅を描きます。厳しい自然と人間社会の中で、彼がいかに生き抜くか。生命の尊厳と変容の物語は、今も心を揺さぶります。
どこまでも広がる、凍てついた北の荒野。そこは、生命の営みをあざ笑うかのような、絶対的な静寂と沈黙に支配されています[1]。その絶望的な静けさの中を、ビルとヘンリーという二人の男が、橇を引いて進みます。橇の上には一つの棺。すでにこの荒野に敗れ、動かなくなった男が眠っていました[2]。
夜ごと、焚き火を囲む闇の中から、きらめく無数の眼が、じりじりとその輪を狭めてきます[4]。ある晩、ヘンリーは気づきます。「一匹、魚が余る」[3]。配ったはずの犬の食事が、一つ。つまり、また一匹、犬が消えたのです。群れは狡猾な雌狼をおとりに使い、彼らの犬を次々と闇へと誘い込んでは、喰らっていたのでした[6]。
そしてついに、最後の犬が狙われた時、ビルは銃を手に闇へ飛び込みます。うなり声、恐怖の叫び、そして獣の断末魔。やがて、すべては静寂に飲み込まれました[7]。後にヘンリーは譫言のように呟きます。「…それから、奴はビルを喰った」[9]と。
一人残されたヘンリー。眠れば死ぬ。彼は燃えさしを狼の群れに投げつけ、必死に夜を耐えます。焚き火に照らされた自分の指の、精巧な動きを眺めながら[8]、彼は悟ります。この温かい肉体も、ただの「肉」なのだと。飢えた獣たちの、餌なのだと。あの雌狼が、牙のように冷酷で、飢えだけを映した瞳で[10]、舌なめずりしながら彼を見ています。すべてが終わるかと思われた、その時。遠くから、人の声と犬の吠える声が、静寂を破ったのです。