
ジキル博士とハイド氏
朗読で味わう

ロバート・ルイス・スティーヴンソン(1850 – 1894)
1886年
ジキル博士とハイド氏。人間の内に潜む善と悪の二面性を鮮やかに描き出した、スティーヴンソン不朽の名作。心理サスペンスの傑作として今なお世界中で読み継がれ、その普遍的なテーマは多くの作品に影響を与え続けています。
アターソン弁護士は、愛想笑いひとつ浮かべたことのない、厳格な顔つきの男です。[1] 他人のすることには口出ししないのを信条としています。[2]
ある日曜日、彼が親戚のエンフィールドとロンドンの静かな通りを歩いていると、エンフィールドが足を止め、ある建物を指さしました。そこには、窓もなく、ひどく打ち捨てられた、不気味なドアがありました。[3]
エンフィールドは、そこで目撃した忌まわしい光景を語り始めます。ハイドという名の小男が、幼い少女とぶつかるや、何の躊躇もなくその体を踏みつけて通り過ぎたというのです。「言葉にすれば何でもない。しかし、あの光景は地獄でした。[4] まるで人間ではなく、呪われた巨大な車輪のようでした」[4]
駆けつけた人々は、誰もが憎しみに満ちた顔で男を取り囲みます。[5] しかし男は、黒く冷笑的な冷静さで、例のドアから大金を持って現れ、高名な人物が署名した小切手を差し出したのです。[5]
エンフィールドは言います。「どうしてあれほど不快なのか、説明できないのです。何かがおかしい。ただただ、忌まわしいとしか。[7] 人を問い詰めるのは私の性に合わないので、それ以上は聞きませんでした」[6]
その話は、アターソンの心を深くかき乱しました。[8] そして恐怖は、エンフィールドが小切手の署名者の名を告げたときに頂点に達します。それは、アターソンの親友であり依頼人、ヘンリー・ジキル博士の名でした。博士の奇妙な遺言状には、彼の死、または「説明のつかない失踪」の場合、全財産をこのエドワード・ハイドという男に譲ると記されていたのです。[9] アターソンはこれまで、その遺言状を「狂気の沙汰」だと思っていました。[10] しかし今、彼の胸をよぎるのは、もっとおぞましい「不名誉」という言葉でした。[10]