
源氏物語 第四巻 ― 行幸から幻
朗読で味わう

紫式部(973頃 – 1014頃)
1008年頃
源氏物語は、平安貴族の華やかながらも複雑な人間模様を描き出す古典文学の最高峰です。この「葵」の巻では、光源氏とその正妻・葵の上の間に渦巻く愛憎劇が、繊細な筆致で綴られます。普遍的な感情と時代を超えた美意識が胸に迫ります。
光源氏の心は、養女・玉鬘の行く末を案じながらも、決して口にはできぬ想いと葛藤していました[1]。二人の名を結びつける噂が広まる今、彼女の本当の出自を隠し続けることは、あまりに危険な賭けでした[7]。源氏は、ついに決断します。玉鬘の父であり、旧友でもある頭中将に、長年秘めてきた真実を打ち明けようと。
舞台は、頭中将が病の母君を見舞う三条の宮[8]。蘇芳色の絹の衣をまとった頭中将は、居並ぶ人々の中でもひときわ大きく、威厳に満ちています[10]。そこへ現れた源氏は、質素な唐綾の衣をさりげなく羽織っただけなのに、その姿からは天性の輝きがあふれ出るようでした[11]。
はじめはぎこちなかった空気も、若き日の思い出を語り合ううち、二人の間の氷はゆっくりと溶けてゆきます。そして源氏は、行方知れずだった頭中将の姫君、玉鬘をずっと庇護してきたことを打ち明けるのです。我が子の名を聞いた瞬間、頭中将の目から、涙がはらはらとこぼれ落ちました。長年のわだかまりが消え、二人の絆が固く結びなおされた夜でした[13]。
しかし、宮中では新たな噂がささやかれます。頭中将の息子・柏木は、父にこう囁きました。「源氏の大殿は、あの方を一度ご自分のものにしてから、今さら他人に譲ろうとなさっているのでは」[14]。その噂を耳にした源氏は、動じることなく頭中将に助言します。「大事なのは、世間が驚かぬよう、真実を少しずつ小出しにしていくことですよ」と[15]。