
源氏物語 第三巻 ― 薄雲から野分
朗読で味わう

紫式部(973頃 – 1014頃)
1008年頃
源氏物語では、平安宮廷を舞台に、光源氏と周囲の人物が織りなす愛憎や宿命が繊細に描かれます。千年の時を超えても色褪せないその人間ドラマは、多くの人々の心を捉え続けています。
はるか西の果て、肥前の国の海辺に、玉葛という美しい姫君が暮らしておりました。しかし、その類まれな美しさが、かえって恐ろしい嵐を呼び寄せてしまいます。
土地のならず者、田結の源が、彼女を自分の「女の一人」に加えようと、力ずくで手に入れようと企んだのです。源は、姫が病弱だと聞いても、野獣のように歯を剥き出し、下品に笑うだけでした。 「体の弱い娘だと?人がじろじろ見るのが怖いと?そんなもの、俺のところへ来れば案ずることはない。しっかり屋敷に閉じ込めておいてやるさ」[32]
このあまりに惨い言葉。縁談を知った玉葛は、恐怖のあまり錯乱し、乳母子の武後の介が耳にしたのは、絶望の淵から絞り出された、姫の悲痛な叫びでした。 「あのような男の妻となるくらいなら……わたくしは、いっそ、この手で我が身を……!」[33] そのおとなしく、か弱い姿の奥に、これほど激しく、烈しい魂が隠されていたとは。
姫の揺るぎない覚悟と、瞳に宿るただならぬ光を見た武後の介は、すぐさま決死の逃亡計画を立てます。 すべてが寝静まった、漆黒の夜。玉葛は、年老いた乳母と、信頼できる数人の家来だけを連れて、屋敷をそっと抜け出しました。頼れるものは何もなく、唯一の希望は、噂に聞くだけの遠い都。一行を乗せた小さな舟は、冷たい潮風が吹き付ける夜の海へと、静かに漕ぎ出していくのでした。