
地下室の手記
朗読で味わう

フョードル・ドストエフスキー(1821 – 1881)
1864年
『地下室の手記』は、人間の自由意志と理性の限界を深く掘り下げた傑作です。孤独な主人公の内面を通して、近代社会の矛盾と人間の深層心理を鮮やかに描き出し、後の文学と思想に多大な影響を与えました。
地下室の薄暗がりから、ひとりの男があなたに語りかけます。 わたしは病んだ男です……。意地の悪い男です。魅力のない男です[1]。 医者にかからないのも、ただ意地を張っているだけ[2]。ええ、あなた方には、きっとこの気持ちは分からないでしょう。 男は40歳。かつては役人でした。人を不快にさせ、不幸のどん底に突き落とすことに、強烈な喜びを感じていたと言います。 しかし、その悪意すらも偽りだった、と彼は恥じらいながら打ち明けるのです。まるで、いたずらに雀を脅かして遊んでいるだけだった、と[3]。 心の奥底では気づいているのです。自分は、根っからの悪人でもなければ、ひねくれ者ですらない、と。 結局、自分は何者にもなれないのだ、と彼は嘆きます。意地悪にも、親切にもなれない。悪党にも、善人にも。英雄にも、それどころか、虫けらにさえ、なれないのです[4]。 このどうしようもない矛盾こそが、彼の絶え間ない苦しみの源泉なのでした。